古舘健インタビュー

今回、開発したソフトウェアの機能について教えてください。

ムンさんが制作されたグラフィックを、織物を織るためのデータへと変換するソフトウェアを開発しました。
素材となったグラフィックは、写真を元にコラージュされたもので、データとしては一般的な画像ファイルです。織物の場合、糸を組み合わせて柄を作っていくので、コンピューターの画面上のように自由に色が使えるわけではありません。また糸の種類による質感の違いが仕上がりに大きく影響します。そのようなことをケアしつつ、色数を落とし、一般的な西陣織を作るためのソフトウェアに読み込める形にするのが今回開発したソフトウェアの役割です。
様々な種類の糸を一枚の布に織り込める、というのが、細尾の織りの一つの特徴であり、今回も4種類、6色の糸を使っています。6色というと少なく感じられるかもしれませんが、地、差し色、テクスチャーなどそれぞれの意味合いがあり、西陣織としては充分な色数と言えます。また、「組織」と言ってその糸同士をどのように組み合わせて、どのようなパターンを作っていくか、ということも指定できるので、6色でもかなりの複雑さを表現することができます。
単に機械的に素材のグラフィックを変換するのではなく、布の組織、糸の種類によって、色数はもちろん、色面の大きさ、形の複雑さなど多くのパラメーターを調整する必要がありました。まず仮で糸の組み合わせを決め、データを作り、試しに織ってみる。その結果をみて糸の組み合わせを変え、その組み合わせでベストな結果になるようにパラメーターを調整してデータを作り直し、また織ってみる。そのような試行錯誤を経て、元のグラフィックが、単に柄ではなく、織りとして同等の感覚を導き出し得るような状態を目指したつもりです。
今回の僕の役割を端的に言うのであれば、アーティストと織り手側との、アーティスティックな翻訳家と言えると思います。

開発を進めるうえでのテーマについて教えてください。

もともと、このプロジェクトに参加する前から織物に関しては興味がありリサーチしていました。西陣織はコンピューター制御の「ジャカード織機」という装置で織ります。織りというのは、縦と横の糸をどう組み合わせていくのか、ということでもあり、コンピューターの持つグリッド、デジタル性と非常に相性が良いのですね。プロミス・パークでは、この特性をどのように活かすかということをよく考えていました。

コンピューターだからこそ開拓できる西陣織の新しい可能性とは何でしょうか?

このプロジェクトを機に、その後も細尾と一緒に開発を続けています。ジャカード織機としては、織り目一つ一つを厳密にコントロールするポテンシャルを持っていますが、現状では既存のソフトウェアの制限でそれを比較的大雑把にしかコントロールすることができません。具体的には、これまで培われてきた西陣織のノウハウのストックのようなものがあり、柄に対してそのノウハウを当てはめていくというような形です。もちろんそのストックは今でも職人さんが新たに更新し続けて新しい織りなども開発されており、適切なクオリティを保ち、安定した製造を続けるという意味では非常に理にかなったシステムではあるのですが、なんていうのでしょう、人間本位のシステムなのですよね。
コンピューターを使う、とした時に、2つの考えていく方向があると思っています。1つは既存のツールの延長線上でよりクオリティを上げるためのツールとして。例えば、これまで手で書いていた図面をコンピューターで書くことによって正確さや効率、クオリティを高めていく方向。現状での西陣織へのコンピューターの受け入れられ方はこの方向だと思います。
もう一つの方向は、コンピューターでしかできない何かを志向すること。いわゆるジェネラティブアートはこちらの方向だと思っています。ある種の規則性やランダム性、プロセスそのものに宿るであろう美しさを追求する。極端な言い方ではありますが、人間本位ではない、仮にそれをみる人がいなかったとしてもある種の美しさを担保できるということ。まあ、それはちょっとロマンチックすぎる話で、結局はそれをみて美しいと判断するのは人ではあるのですが。
そんな考えを元に、その後の開発においては、オリジナルのソフトウェアを作り、織り目一つ一つを厳密にコントロールすることでできるであろう新しい何かを探求しています。西陣織という文化、職人さんたちの技術、現状でも非常に精緻で複雑な織物、それらには多大なリスペクトを持ちつつも、そこにある、ある種の足かせというものを外してみる。ジャカード織機がもつポテンシャルをフルにコントロールして、ジャカード織機だからこそ導き出される織りというものを考えています。

古舘 健
Ken Furudate

アーティスト/プログラマー/ミュージシャン
コンピュータープログラミングを軸とし、コードによって生成される映像やサウンドなどの可能性を追求している。2002年よりサウンド・アート・プロジェクト「The SINE WAVE ORCHESTRA」を主宰し、第2回横浜トリエンナーレ(05年)をはじめ、国内外の様々な展覧会にて作品を発表。Prix Ars ElectronicaにてHonorary Mention受賞(04年)。2006年より京都に拠点を移し、以後、映像、サウンド、メカトロニクス、エレクトロニクスなどのテクニシャンとして、他アーティストのクリエーションに多く参加している。