エピローグ

ムン・キョンウォン

「‘未来はすでに存在しています。’私は答えた。‘しかし私はあなたの友人です。その手紙をもう一度見せてもらえますか?’」

ホルヘ・ルイス・ボルヘス、『八岐やまたの園』

ボルヘス様

私はそれをはっきりと思い出すことができます。そして、それを経験したのは私だけではありませんでした。私たち──そのとき私は大勢の同僚たちと一緒にいました──はそれについて何も言いませんでしたが、自分たちが同じ空間、同じ時間にいるということは理解できました。

この4年間、私たちは新しい環境をもたらす未来の公園を夢見てきました。私たちのグループは、建築家、人類学者、造園家、音楽家、コンピュータ・プログラマー各1名と、数名のキュレーターで構成されていました。私たちは歴史的事例や新たな可能性を通じて、公園が象徴する多様な意味と、私たち自身の意味を見出す多様な方法とを調査研究しました。このプロジェクトを開始する前、私は、歴史上の廃墟を公園のイメージに作り変えることによって、多数のさまざまな視点を集めることを提案しました。そのあと私たちは、公共性の概念を検討し、共同体が共存する新たな形態を探りました。これは無謀な実験でもあり、不必要な冒険でもありました。そのプロセスを通じて私たちが得た成果が小さいものだったとしても、それらはそれ自体で十分意味がありました。これは多くの人々の間に幾分かの誤解を生んだかもしれませんが、私たちの目的は現実の物理的な公園を造ることではありませんでした(今でもそうではありません)。私たちの目的はむしろ、恒常的な歴史的パターン(文様)を表わす情景(すなわち廃墟)を人々に提示すること、そしてこの主題についての批判的な洞察をもたらし得る場を提案することだったのです。このことを再び強調しておきたいと思います。私たちが敢えて一個の場の感覚を提供したその意図は、現実の出会いの場を作り出すこと、美学的な隠喩や象徴を用いた身体的活動を通じて共通の問いを引き出すことにありました。「プロミス・パーク」はまさにこのような意図をもって作られたのでした。私個人はこの名称が気に入っています。それは適切にもロマンティックな響きをもっています。「プロミス・パーク」は私たちみなが一生を通して追求するユートピアについて問いを発し、理想と現実のギャップを埋めることのできる新たな連帯への限りない可能性をもたらすものだからです。

2016年、私たちはソウルの仙遊島公園で調査を行ない、ワークショップを開きました。仙遊島公園は近代以降、数回その外観を変えています。さまざまな学問の研究者である25名の参加者が公園内を見て回り、内部に微生物が棲息していると思われる植物などを採取しました。場所の何らかの「記憶」を帯びた、最も基本的な生命を仔細に観察することで、私たちはそれぞれの場所に固有の酵母菌を多数発見することができました。その後、私たちは、採取した試料を用いて酵母菌を培養する生物学的実験を行ないました。各試料の厳密な発見場所、それらの意味、仙遊島独特の地質学的特徴について、私たちは話し合いました。その際、私たちは、さらに別の「公園」となり得る媒体を発見したのです。

その媒体・・とは、匂いです。実は私はかなり前にこの結論に到達していたのですが、仙遊島公園で主催したワークショップにおいて、確信をもつことができました。私的注解としては、私は公園の象徴的な概念に対して、匂いという感覚的媒体を通じてアプローチしたいと思っています。私たちは自らが経験した過去の痕跡・・を──あるいは経験する機会がなかった過去の痕跡・・でさえ──、再検討したいと思いました。私たちはまず、感覚上の「匂い」を感知あるいは認知します。次にそれが、私たちの潜在意識の中にある、また私たちがじかに覚えている、共通の記憶の痕跡を喚起するのです。

山口情報芸術センター(YCAM)阿部一直氏は次のように述べています。「他の感覚とは異なり、匂いは直接人に届き、比類ないしかたで人の脳を『直撃する』。たとえば、フランスの小説家マルセル・プルーストの名を冠する『プルースト効果』とは、感覚上の刺激が心理現象を引き起こすことを意味しているが、プルーストの小説『失われた時を求めて』の中に、主人公が紅茶にマドレーヌを浸すと、その香りがその人を過去へと引き戻すという場面がある。またフランスの詩人ステファヌ・マラルメは『不在のものの現実性』について語った。目に見えていないそこにないものの現実性は目に見えているそこにあるものの現実性より強度が高いというのである。同様のことが、酵母菌──これは目に見えた形として認識はされないがそれでも確かに存在する──が我々に語る物語についても言えるだろう。」

阿部氏が指摘した、目に見えないものの現実性が目に見えるもののそれより強固であるという文脈において、「不在のものの痕跡」としての匂いという概念はより説得力をもちます。ここで注意すべき重要な点は、物質としての痕跡が匂いを通じて顕在化するということです。たしかに、物質は否定することのできない強固な現実性です。歴史的に、匂いは否定的に捉えられてきました。近代化とグローバル化の過程で、貧困、不衛生、疾病、重労働の匂いは除去あるいは隠蔽されるべきものとされました。「プロミス・パーク」はこれとは正反対のことをする──すなわち、過去の過ちや過去の繁栄の果ての廃墟を、隠蔽するのではなく公衆に対して明らかにする──ものだという点からしても、まさしくこの匂いを通じて虚偽を暴くことになるでしょう。

ボルヘス様、私は今まさに、廃墟の上に立って、全く新しい公園を想像しています。私の夢想するその公園で──それは私たちが忘却の後に思い出したすべてのものから生まれた想像の産物です──、私は私たちの未来の新たな一章を始めるつもりです。それはあたかも、八岐の園で無窮の時の流れを前にしているかのようです。そしてその場所は、「不完全ながら間違ってはいない宇宙」の似姿ともなっています。今この瞬間、私には、何千年にもわたって織られた布に含まれるすべての可能性の中に、あなたの痕跡が見えます。

「プロミス・パーク」にて
ムン・キョンウォン

ムン・キョンウォン
MOON Kyungwon

ソウル(韓国)生まれ。梨花女子大学校卒業後、カリフォルニア芸術大学にて修士号取得。文学的な時間構造を分析し、批評的にアプローチした映像やインスタレーションなど、様々なメディアを通して作品を発表。ソウルスクエアのメディアキャンバスなど、パブリックアートプロジェクトでのインスタレーション展示もおこなっている。主なグループ展に、ドクメンタ13(2012)、光州ビエンナーレ(2012)、シンガポールビエンナーレ(2013)、ホームワークス6, ベイルート(2013)、福岡トリエンナーレ(2014)、深圳インデペンデントアニメーションビエンナーレ(2014)、リール 3000フェスティバル(2015)がある。近年は、ソーシャルプラットフォームを創造することを目的とした、チョン・ジュンホとのコラボレーションプロジェクト「News From Nowhere」に注力し、2015年にスイスのミグロス現代美術館、2013年にシカゴアートインスティテュート内のサリバンギャラリーでの展示をおこなった。2015年、ベネチアビエンナーレ韓国館代表作家。
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