株式会社細尾について教えてください
もともと西陣織は、京都の先染めの織物で、起源は1200年前にさかのぼります。今でこそ帯のイメージが強いですけれども、もともとは京都が都だった1000年の間、天皇や貴族、将軍、寺社仏閣といった、本当にドメスティックかつアッパーの方々をクライアントに、テーラーメイドで織って納め続けられてきたものです。 その中で弊社は1688年創業で、着物や帯のメーカーという側面と、人間国宝の着物と帯といった高級品を得意としている問屋という側面、いわゆる製造問屋というのが会社の母体になっております。
細尾の新規事業について教えてください
私が担当しているのが、7年前から始まった新規事業です。ここでは主に海外を中心に西陣織を素材として展開するということをやっています。帯の幅は31センチと非常に狭いため、これを素材に例えば服をつくるにしても、壁紙をつくるにしても、どうしても継ぎ目が出てしまいます。そこで約1年かけて、世界で1台しかない、150センチの幅の西陣織の技術、素材の使える織機を開発しました。それが今、新規事業の母体となっており、インテリア、ファッション、最近ではアートのプロジェクトというかたちで、今までになかった分野に挑戦しています。
プロミス・パークの印象を教えてください
最初は正直に言って、どういう方向に進むのか全く未知数でした。だからこそ、今までやったことがないことができるかもしれないという期待感がありました。 私の印象ですが、インテリアやファッションのプロジェクトの場合、例えば合格点が90点なら、その所定の合格ラインを超えられれば良いという感じなのですが、アートプロジェクトの場合は0点か100点か、そのどちらかという気がしています。言い換えると、アートプロジェクトの場合、まずゴールがどこにあるのかを探すところからスタートするのが特徴だということでしょうか。そういう意味では今回の「プロミス・パーク」は、全くの真っ暗闇からのスタートだったという印象です。
今回のコラボレーションで、一番大きな挑戦というのを教えてください
今回、ムンさんが制作したグラフィックをもとに、オリジナルのソフトウェアを用いて西陣織に適した形式に変換していきました。これは多分、西陣織が始まって以来、やったことのない、1200年間やったことのない、初めての取り組みですね。 あと、最終的に今回、17メートル×17メートルの大きい絨毯が出来上がったわけなんですけれども、それは150の幅が折られて、重なっているわけですね。それで敷いてみたときに1枚の大きい絵になる。これも今まで、われわれとしては、全くやったことのないものです。ここは本当に今のテクノロジーと、今まで培ってきた伝統というものをうまく融合させないとうまくいかなかったプロジェクトだと思っています。
メディアテクノロジーと伝統工芸がコラボレーションして、発展していく可能性について教えてください
伝統工芸というと、ちょっとコンサバティブなイメージがあると思いますが、実は西陣織は、常に最先端のものを取り込みながら進化し続けてきたというバックグラウンドがあるんですね。 例えば19世紀後半に、それ以前は高機(たかはた)と言って縦糸の上げ下げを人が持ってやっていたのですが、ジャカード織機が導入されました。当時の最先端、コンピュータの原形とも言われるような技術を輸入して、それ以前までやってきたものを組み合わせて、融合させていった。そういう意味では今回のようなコラボレーションというのは、実は、今まで西陣で脈々とやられてきたことなのだと思っています。 伝統が伝統であり続けるためには、どんどん新しいものを取り込んでいく必要があります。むしろ新しいものを取り込んでも壊れない強さというものが伝統の強みだと思いますので、どんどんエッジなことをやっていきたいなと思っています。
コラボレーションからのフィードバックにはどのようなものがありましたか?
特にアーティストとのコラボレーションというのは、自分たちの思いもしなかった角度からボールが飛んできます。ですので、本当に大変な部分もあるんですが、自分たちが気付かなかった視点というものが生まれますので、非常に有意義といいますか、使っていない細胞がどんどん活性化されるようなところがあります。そういうことを続けながら、より織物を進化させていきたいなと思っています。
今、興味のある題材は、どういうものがあるでしょうか
バイオテクノロジーに非常に興味があります。あとは、養蚕業など、本当の意味での素材をどうつくっていくかも興味があります。ですので、いろいろな研究機関と基礎研究も含めて連携をおこない、新しい織物をつくれるようにやっていきたいなと思っています。